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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2996号 判決

原告 伊藤忠輝

被告 関西電力株式会社

右訴訟代理人弁護士 山本登

同 西原寛一

同 松本武裕

同 竹西輝雄

同 野嶋董

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

被告が昭和四〇年一一月二九日開催した株主総会における昭和四〇年上期(昭和四〇年四月一日から昭和四〇年九月三〇日まで)営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び利益処分案を承認する旨の決議は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告訴訟代理人等の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者双方の主張

一、原告の主張

1、請求の原因

(一) 原告は被告の株主である。

(二) 被告が昭和四〇年一一月二九日開催した株主総会において、申立の趣旨記載の決議がなされた。

(三) しかしながら、申立の趣旨記載の決議は次の理由により無効である。

(1)(A)、被告の昭和四〇年上期の営業報告書、貸借対照表、損益計算書、及び利益処分案作成の基礎である計算書類附属明細書中、第一三項電気事業営業費用の明細表中一般管理費用のうち役員給与として、金七、一二二万円が支出された旨記載されている。

(B)、右支出された役員給与金七、一二二万円のうち、金三、三八二万円は株主総会の決議に基づき役員の定期的給与として支出されたものであることは認めるが、残額金三、七四〇万円は、定款又は株主総会の決議に基づかずに支出された違法なものである。

(C)、右のような違法な支出を基礎として作成された営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び利益処分案を承認する旨の決議は無効である。

(2)(A)、被告の昭和四〇年上期の利益処分案には、役員賞与金として金一、二〇〇万円が計上されている。

(B)、しかしながら、右役員賞与金の受取人は全く不明であるから、かかる利益処分案は違法であり、これを承認する決議は無効である。

2、被告の主張事実に対する認否及びその主張に対する反論

(一) 被告の主張事実は争う。

(二) 仮に被告主張のように、昭和四〇年五月二八日開催の株主総会において、常務取締役河内明一郎逝去につき弔慰金贈呈ならびに退任役員に対し慰労金贈呈の件について、弔慰金及び慰労金を支給することとし、その金額、時期、及び方法等は取締役会に一任する旨の決議がなされたとしても、右贈呈決議は商法第二六九条、第二八〇条に違反し無効である。

(三) 被告は、右贈呈決議が被告主張のような趣旨の黙示の条件を付してなされたものであるというけれども、仮りにその慣例による基準なるものがあったとしても、右のような黙示の決議がなされたといいうるためには慣例による支給基準の内容を株主が了知していたことが必要であるのに、被告はその支給基準の株主に対する周知方法をとっていないから、株主総会が右一定の支給基準により支給すべく黙示して取締役会に一任したものとは到底いいえない。

(四) 原告は、被告の放漫経理を是正し、被告及び株主の利益を守る目的で本訴を提起したものであって他意はない。この点について、被告が述べているところは次の(1)、(2)、のとおり甚だ歪曲されたものである。

(1)被告主張の原告所有地は時価七億円にものぼるものであるのに、その入口に被告会社の鉄塔があり危険なため、右土地全体の利用価値が、激減しており、原告の要求は不当なものではない。

(2)原告は、被告主張のように、他にも会社を相手取って訴訟を提起し、その訴訟を取下げたことはあるけれども、右はいずれも、会社側より、資料等を提供し事情を明らかにするなどの誠意が示され、又は原告の求める計算書類を交付して来たので、原告がこれを納得して訴を取下げたものであって決して裏面の取引により解決したものではない。

二、被告訴訟代理人等の主張

1、請求の原因に対する答弁

請求の原因のうち、(一)及び(二)の事実、(三)の(1)の(A)の事実、(B)のうち、支出された役員給与金七、一二二万円のうち、金三、三八二万円は株主総会の決議に基づき役員の定期的給与として支出されたものであること及び(三)の(2)の(A)の事実は認める。その余の主張は争う。

2、被告の主張

(一) 原告主張の役員給与金七、一二二万円のうち、金三、三八二万円は原告主張のとおり株主総会の決議に基づく役員の定期的給与として適法に支出されたものであり、残額金三、七四〇万円は、被告の昭和四〇年五月二八日開催の第二八回定時株主総会における第五号議案の常務取締役河内明一郎氏逝去につき弔慰金贈呈ならびに退任役員に対し慰労金贈呈の件について、贈呈を承認し、その金額、時期および贈呈の方法は取締役会に一任する旨の決議に基づいて支出されたものである。

(二) 原告は右決議は商法第二六九条、第二八〇条に違反し無効である旨主張するけれども、株主総会の決議の効力は広く第三者にも及ぶのであるから、すべての関係で画一的に律せられなければならないので、決議の無効を主張するには訴を以ってすべきであり確定判決により無効とせられない限り有効であり、右弔慰金等の贈呈決議に基づく支出は適法であるから、その支出を計上している計算書類を承認する決議も有効である。

(三) 仮りに右弔慰金等の贈呈決議の無効を、本件計算書類の承認決議の無効理由として主張しうるとしても、右弔慰金等贈呈決議は次のごとく有効であるから、右弔慰金等贈呈決議に基づく金三、七四〇万円の支出は適法であって、右支出を計上した計算書類を承認する本件決議は有効である。

(四) わが国において、株式会社の取締役及び監査役等役員が死亡又は退職した場合に、弔慰金を贈呈するのが通例となっており、その贈呈にあたっては株主総会に付議し、贈呈の金額、時期、方法等は一定の基準に従うべき趣旨で、取締役会に一任する旨決議する慣行が古くから一般に行なわれ、そして、この一般の慣行は、昭和三九年一二月一一日言渡の最高裁判所判決(昭和三八年(オ)第一二〇号)において是認、支持されているところである。そもそも、死亡又は退職した役員に対する弔慰金ないし慰労金については金額算定の基準の一つとなる功績の軽重のように、株主総会の場において討議するに適しないものがあること、個人の所得の公表を儀礼上はばかるわが国の伝統的風習があること、特定人を対象とする一回限りのものであること等から、一種の間接的決定方法として前記贈呈決議方法が一般に慣行化され、事実たる慣習となっているものであるから、この慣行は尊重されなければならず(最高裁判所の前記判決は、その表現にかかわらずその本旨は、この自治的慣行を認め、金額の決定が取締役会の恣意に流れず、合理的な慣行的基準((当該会社だけのものに限る必要はなく、むしろ業界一般の合理的基準と慣行をふくむ))に依拠する趣旨の委任ならば、これを認めようとする点にあると解すべきである。)、そして又、弔慰金もしくは慰労金の支給を受くべき当該役員は、取締役会に出席しないのであるから、いわゆるお手盛のおそれはない。

それ故に、死亡又は退職した役員に対する弔慰金ないし慰労金について、一定の合理的基準に従う制約のもとに、その金額等の決定を取締役会に一任する決議は商法第二六九条の趣旨に反しない有効なものというべきである。

(取締役会が、右決議の趣旨に反し、恣意的に過大な退職慰労金額もしくは弔慰金額を決定した場合には、取締役は会社に対して、善良な管理者の注意義務ないし忠実義務違反による損害賠償責任を負うわけであるから、前記のように解したとしても、会社や株主の利益の保護に欠けるところはない。)

被告においても、昭和二六年五月一日設立以来本件株主総会直前の株主総会までに死亡又は退任した取締役、監査役に対して、弔慰金又は慰労金を贈呈してきたが、その金額の算定方法は、死亡又は退任時の当該役員の報酬月額に、歴任した役職ごとの在任期間(常勤、非常勤の別、常勤であった期間については、監査役、取締役、常勤取締役、専務取締役、副社長、社長又は会長であった期間)及び各役職ごとに定まる一定の比率を乗じ(これを算式で示すと、退職時における報酬月額×各役職在任期間月数×各役職ごとに定まっている一定の比率((会長、社長は一、副社長は〇・九、常務取締役は〇・八、常勤取締役、監査役は〇・七非常勤取締役、監査役は〇・六である。尚、退任時以前において、退任時より高位の役職にあったときも、各役職別在任期間に区分して算定するのであるが、この場合には、最も高位の役職を辞任するまでの期間については、当該最高役職辞任の時における報酬月額により算定することがある。))となる。)、これに功績の軽重を加味した金額を加算するという一定の基準に則ってきており、その贈呈にあたっては、その都度、株主総会の議に付し、前記一般の慣行に従い、「その金額、時期及び贈呈の方法等は取締役会に一任する」旨の承認決議を得てきたものであって、前記贈呈決議も同様、一般の慣行に従い、前記一定の基準に則るべき旨の条件を黙示してなされたもので、決して無条件の一任をしたものでなく、而して、株主の右一定の基準の認識は社会通念による推測可能の程度で足りるものというべく、最高裁判所の前記判決も一定の基準の存在の必要を指摘するだけで、基準の公示を決議の有効性の要件とはなしていないのである。従って、前記贈呈決議は適法有効なものである。

(五) そして、金三、七四〇万円の内訳は次のとおりである。

(1)死亡した取締役河内明一郎に対する弔慰金一、九〇〇万円

(2)退任取締役野田順二に対する慰労金一、五八〇万円

(3)退任監査役中村俊晴に対する慰労金二六〇万円

右各金額は、右三名の左記のとおり退職時の最終報酬月額等から、前記基準により算定したものである。

河内明一郎

最終報酬月額 三四万円

各役職在任期間・月数

取締役

自昭和三五年五月至同三七年五月 二四ケ月

常務取締役

自同三七年五月至同四〇年四月 三六ケ月

功績等の加味金額を弔慰の意を含めて約二割三分

野田順二

最終報酬月額 三四万円

各役職在任期間・月数

取締役

自昭和三五年五月至同三九年五月 四八ケ月

常務取締役

自同三九年五月至同四〇年五月 一三ケ月

功績等の加味金額を約五分

中村俊晴

最終報酬月額 二八万円

各役職在任期間・月数

常任監査役

自昭和三九年五月至同四〇年五月 一三ケ月

(六) 利益処分案中の役員賞与金一、二〇〇万円については、本件計算書類承認の株主総会における議案として、利益処分案中に明示されており、役員賞与金は、株主総会においてその総額のみを定め、各取締役に対する支給額の決定は取締役会の決議に委ねて差支えないものであるから、原告の主張は理由がない。

(七) 株主の株主総会決議無効確認の訴の提訴権はいわゆる共益権に属し、株主個人の利益のためのみではなく、会社全体の利益のために行使すべきものであるところ、原告の本訴に関しては次のような事情があって到底共益権の誠実な行使ということはできないものであるから、本訴請求は棄却されるべきものである。

(1)原告は昭和四〇年二月姫路市内の山林一八筆、公簿面積四五、三七八・三平方メートル(一三、七五一坪)を妻名義で買受け、被告が前所有者との間に円満な協定によりその地上に保有する送電線支持のための鉄塔と、独立電話線支持のための木柱を除去することを同年八月要求してきたので、被告はやむなく独立電話線支持の木柱を移設したが、鉄塔及び送電線は移転に多大の困難を伴うため、鉄塔敷地八二・五平方メートル(二五坪)の買受けと送電線下の土地約一、二五〇平方メートル(約三八〇坪)についての補償を提案したところ、原告は、三・三平方メートル(一坪)の時価一万円と推定される右土地の地代として月額二〇万円及び賃借保証金として一、二〇〇万円という常識を絶する高額な要求をなし、適正な価格により妥結しようとする被告の希望にも拘らず、本件訴訟係属中であることを理由として、右の交渉を遷延して今日に至っている。

(2)原告は、本件訴訟のほか、昭和三九年から同四一年にかけて、吉本興業株式会社、株式会社高島屋工作所、株式会社栗本鉄工所などの会社に対し、株主総会決議無効確認等の訴を提起しながら、訴訟本来の目的をとげることなく、その都度示談して、訴を取下げ、ひとりこれを争う被告に対してのみ本件訴訟を維持しているのである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

原告主張の請求の原因事実のうち、(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

そこで申立の趣旨記載の決議が有効であるか否かを検討する。

先ず、原告主張の本件決議無効事由の内、請求の原因(三)の(2)に記載の事由の当否について考察するに、被告の昭和四〇年上期の利益処分案に役員賞与金として金一二〇〇万円が計上され、而して、右賞与金を受くべき個々の役員名が明示されていないことは当事者間に争のないところであるが、右の場合役員賞与金の総額について承認の決議を得れば足り、これを受くべき個々の役員の氏名及びその受給額を明示して、株主総会の承認決議を得なければならぬと解すべき合理的根拠はないから、この点の原告の主張は採用できない。

つぎに、原告主張の本件決議無効事由の内、請求の原因(三)の(1)に記載の事由の当否について考察するに原告主張の請求原因(三)の(1)の(A)記載の事実は当事者間に争いがなく、又、同(B)記載の事実のうち、支出された役員給与金七、一二二万円中、金三、三八二万円は株主総会の決議に基づき役員の定期的給与として支出されたものであることは当事者間に争いがない。

そこで、残額金三、七四〇万円が適法な支出であるか否かを考えるに、〈証拠〉を総合すると、昭和四〇年五月二八日開催の被告の株主総会において常務取締役河内明一郎逝去につき弔慰金贈呈ならびに退任役員に対し慰労金贈呈の件について、弔慰金及び慰労金を支給することとし、その金額、時期及び方法等は取締役会に一任する旨の決議がなされたこと、右決議における弔慰金ならびに慰労金は当該役員の功労に報いる趣旨をも兼ね、在職中の職務執行に対する対価として支給されるものであることが認められるので、全体として、商法第二六九条(第二八〇条において準用される場合をも含む。以下同じ。)にいわゆる報酬に含まれるものと解すべく、従って、定款にその額の定めがない本件においては、株主総会の決議をもってその額を決定するか、株主総会においてその金額を確定的に決定しない場合には、明示的もしくは黙示的に合理的な一定の枠を示し、その範囲内における具体的な金額の決定を取締役会等に一任する旨決議することを要する訳である。

そこで、右決議の内容について考えるに、被告は、右決議につき、被告主張のような一定の基準に則り金額等の決定をなすべき旨の制限が明示的にはなされず黙示的になされたものである旨主張し、而して〈証拠〉によれば、一定の基準が存在している旨の右主張事実にそうものがあるが被告の主張によるも、右基準は何時、如何なる機関によって設けられたかの具体的なことは明らかにされず、また、従前の死亡もしくは退職した役員に対する弔慰金額もしくは慰労金額が、右一定の基準に則っていることを具体的に明らかにしていないしその他弁論の全趣旨を総合すると、右一定の基準が存在するとの前掲各証拠は、たやすくこれを採用し難く、他に右一定の基準が存在しているとの事実を認めるに足りる証拠はなく(被告は当該会社に一定の基準がなくとも、業界一般の合理的基準に依拠すべき旨の制限が付されているのであればたりるかのような主張をなすが、かかる見解は商法第二六九条の前記法意とはるかにかけ離れ、これを無視する見解で採用し難い。)又、被告の主張によると、死亡または退職役員に対する弔慰金額または慰労金額は、死亡または退職時における当該役員の報酬月額と在任中歴任した各役職ごとの在任期間、各役職ごとに定まる一定の比率により算出し、右算出した金額に功績の軽重を加味して若干の金額を加える場合があるというのであるが功績の軽重による加算金算出基準ないし枠についての定めはないのであるから、被告主張の基準なるものを全体として見ると、右基準には、商法第二六九条の要求していると考えられる程度の一定の枠がないことに帰着すると考えられ、さらに又、被告の主張するような一定の基準が存在し、かつ、右基準が法の要求する基準に合致すると仮定しても〈証拠〉によると、右決議を得るために提案された議題は、常務取締役河内明一郎氏逝去につき弔慰金贈呈ならびに退任役員に対し慰労金贈呈の件とあるだけで、株主総会における右提案説明においても、右各金額算出につき一定の基準による旨の提案説明はなされていないこと、〈証拠〉によると、右一定の基準の存在を株主に周知させる方法はとっていなかったことが各認められ、また、本件より前の死亡もしくは退職役員に対して支給された弔慰金もしくは慰労金がいくらであったか、その額はいかなる基準によったかを、従前各該当の株主総会に報告して承認を得たと認めうる資料もなく、結局、株主一般において、一定の基準の存在を認識(基準の個々具体的条項の認識を意味しない。)するか、容易に認識しうべき状態にあったと認めうべき証拠はないから、右決議は被告主張のような制限を黙示してなされたとみる訳にはいかない。

以上、被告主張の一定基準の存在を認めるにたりる証拠はなく、仮りに右基準が存在しているとしても、右基準は商法第二六九条の要求する基準に合致するものとは考えられず、さらに又、右基準が商法第二六九条の要求する基準に合致するとしても、右決議において右基準に従うべき旨の制限が黙示的に付されたとはいえないから、右決議は商法第二六九条に違反し無効である。

そうだとすると、常務取締役河内明一郎死亡による弔慰金ならびに退任役員に対する慰労金合計三、七四〇万円の支出は、定款又は株主総会の適法、有効な決議に基づかず支出された違法なものである。ところで被告は株主総会の決議は確定判決により無効とせられない限り有効であり、右弔慰金等の贈呈決議の無効を本件計算書類の承認決議の無効理由として主張しえないと主張するけれども、株主総会の決議の無効は無効を主張する利益を有する者は、いつにても、いかなる方法にもより、その無効を主張することができるのであるから、本件計算書類の承認決議の無効理由として、前記弔慰金等の贈呈決議の無効を主張し得るものといわなければならない。

以上、本件の前記違法な支出を計算の一基礎として作成された営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び利益処分案はその支出内容が法に違反するものがありかつ、これを計算書類附属明細書の第一三項電気事業費用明細表中一般管理費用のうちの役員給与の費目に計上したに止まり、右明細書の第五項取締役および監査役に支払いたる報酬に計上していない不法がある。

ところで、商法第二八三条所定の計算書類の内容において法令に違反するものがある場合、その承認決議に及ぼす影響は、同条が、債権者及び株主保護のため決算時における会社の財政状態を明らかにして会社の営業成績、財政状態についての判断に誤りなからしめ、かつ、法律上配当可能な利益を確定せしめることをその趣旨としていることに鑑みると、右違反内容が、所謂蛸配当をなすための虚偽利益の計上とか、重要な事項(例えば確定資本額)についての虚偽記載もしくは記載の欠缺という場合には、右承認決議の無効を来たすが、その他の場合は、必ずしも承認決議の無効を来たさないと解するところ、本件計算書類についてこれを見ると、その内容の違法は前記のとおり退職慰労金等合計三七四〇万円の違法支出をなし、かつ、これを計算書類附属明細書第五項取締役および監査役に支払いたる報酬に計上していない点にある。従って、本件計算書類の承認決議は、いまだ株主総会に於て右支出を黙示的にも追認したとは断じ難く、右支出の違法性が治癒されたとは言えないけれども、右違法支出は被告会社の規模(〈証拠〉によると、被告会社の昭和四〇年五月二八日現在の発行済株式総数一億七六六八万九四〇〇株、株主総数一二万八六二一人同年九月三〇日現在の貸借対照表の資産の部合計四九七五億二二六四万二三八〇円、負債および資本の部の負債合計三〇四六億二七六八万七七八九円、資本合計一九二八億九四九五万四五九一円、同年四月一日から同年九月三〇日までの同年度上期の未処分利益金九八億七四九四万四六二五円、内訳利益金五七億九八〇〇万一一九二円前期繰越利益金四〇億七六九四万三四三三円であることが認められる。)からみて、会社もしくは株主又は会社債権者の利害に対して軽微な影響をもたらすに過ぎないと認められるので、商法第二八三条の前記趣旨にかんがみ、役員に対しその責任を追及するのは格別本件計算書類の承認決議の無効を惹起しないものと解する。

よって、請求の趣旨記載の決議の無効確認を求める原告の本訴請求は、これを失当として棄却すべきである。

〈以下省略〉。

(裁判長裁判官 井上三郎 裁判官 松下寿夫 滝川治男)

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